――おいでよ さぁ たのしいパーティーを始めよう――
「――ッ!」
あ、あれ……?
ここは……どこだ?
俺はいつの間にか私服に身を包んで、明らかに自分の部屋じゃない場所に立っていた。
窓の向こうに、雲間から月が覗いているのが見えた。
ここは……学園だ。
さっきまで見ていた夢――。
いや、あれは夢なんかじゃない。俺が無意識下でここまで歩いてきたんだ。
「参ったな……、なんてタイミングの悪さ……」
たった一日薬を抜いただけで発作を起こすなんて……。
これが俺が昔から抱えている病気。
睡眠時遊行症=\―。いわゆる、夢遊病だ。
でも、今日のはちょっと変わってたな。
普段は記憶が全くないんだけど、今回はわずかに記憶に残っている。
それになんだか――──
――おいでよ さぁ たのしいパーティーを始めよう――
奇妙な声を聞いた気がする。
「にしても……」
わざわざ服まで着替えさせてくれるんだからな、ご丁寧なもんだ。あ、でも靴はそのままだな。
しかしまた、なんで学園なんだよ……。
こりゃ明日あたり、早々に病院行って薬を処方してもらった方がいいな。
寝たのが二十二時だったから……今は大体零時ってとこか。
「帰ろ……」
宿直の先生に見つかると厄介なことになる。とっとと退散しますか。
外では鈴虫が鳴いていた。そんな中――。
――ィン
「?」
今、何か音がしなかったか?
虫の声だろう、と言われれば納得してしまうような小さな音。
――ィン、キィン
……違う。
虫の鳴き声なんかじゃない。明らかに異質な音。
甲高い、鉄と鉄とがぶつかり合うような音が――。
――逃げろ
どうやら中庭の方から聞こえてくるようだ。
――逃げろ
俺はその場所に――──
――逃げろ逃げろ逃げろ戻れ戻れ戻れその先に行ってはいけないその先には何もないその先には誰もいないその先で殺し合いなど行われていない……!!
――おいでよ さぁ たのしいパーティーを始めよう――
その場所に、向かってしまった。
ちょうど月は雲に隠れてしまっていた。
宵闇の中、音だけが響く。
キン! キィン!!
確かに鈴虫の鳴き声に似ている。違うのはその音が二人の人間から発せられていることだ。
(なっ……!?)
否。
その音は二人の人間の持つなにか≠ゥら発せられていた。
気配を殺して近付いたのは、好手だったのか悪手だったのか。
俺は校舎の影に隠れて二つの人影の演舞に魅入っていた。
キィン! キィン!!
耳朶に響くその音は、錬鉄場を思わせる。
間違いなく鋼と鋼、人を殺すに足る凶器がぶつかり合う不快音だった。
――これは夢か? 幻か?
普通の知能を持っていればそう考えただろう。
だってそうだろう?
時代錯誤な獲物を持った二人が、わずか数メートル先で本気で殺し合いを繰り広げているのだから。
「はぁぁ!!」
気合一閃、決して大きくはないが凛としたよく通る声。
「ふんっ! どうやらまた腕を上げたようだなぁ!?」
それに対し、低く腹に響くような胴間声。
キン、キン、キィン!!
そして鳴り渡る甲高い鉄の音――。
俺の頭は、ある意味でとっくにイカレていた。
雲の隙間から、月が覗く。その光によって、殺し合いをしていた二人の姿が闇の中に浮かび上がる。
一人は男。一人は女。
二人とも手に持った武器は、2mはあろうかという長い槍。
男の槍はどす黒く、まるで凝固した血を連想させる、芸術的なまでの赤と黒の混合色――。
女の槍は白銀の、あたかも泉の精霊でも宿っているように、銀露の如く神秘的に輝く――。
対照的な黒と白が幾度となく混ざり合うその様はまるで出来の良い絵画だ。
黒槍が女の脇腹すれすれを掠め、
白槍が男の首筋ぎりぎりを払う。
そして音叉のように響く金属音。
現実離れしたその光景は、俺の思考を停止させるのに十分だった。
「ぃやぁぁぁ!!」
「おぉぉぉぉ!!」
ガギィン――!!
二槍が奏でる、一際大きな裂帛のような不協和音。剣風が、離れていた俺の元まで届いた。
それで、停まっていた脳が活動を再開した。そして同時に理解に至る。
──ここにいたら殺される――。
そんなことを即座に判断出来てしまう自分の頭が、こんな時ばかりは恨めしかった。
逃げなくては……。
後ろ向きに一歩下がる。
――じゃりっ。
「――ッ!」
なんて、間抜け。
「誰だッ!!」
逃げるのなら回れ右をして脇目も振らず一目散に駆け出すべきだったのだ。
砂を踏みしめるかすかな足音にさえ、奴等は反応する。
男が俺の方に向き直り、俺の姿を視認した瞬間、殺しのターゲットが俺に変わったのだということが分かった。
「しまった! まだ人がいたなんて!?」
女の声がしたが、そっちを見ている余裕なんて皆無だ。
俺は情けなくも足が竦み、一歩後ずさった格好から動けないでいた。
「チッ……」
「え……?」
男が消える。
俺は足が竦んだあまりに、後ろに転んでしまった。次の瞬間――。
――ぶぉん!
俺の頭上――今まで俺の首があった場所を槍の刃が横切った。
「躱した!? ……いや、こけただけか」
消えたんじゃない。消えたかのように高速で俺に肉薄したのだ。
「待て! ナヅナ!!」
もう一人がこっちに駆け寄ってくるが。
「テメェは引っ込んでろ飯綱!!」
ぶぅん!!
「くっ……、ぁ――!」
無計画に突っ込んできたためか、横薙ぎの一撃をいなし切れずに吹っ飛ばされ校舎の壁に激突した。
「ぐ、かはっ……。けほ、けほ……」
背中を打ったのか、咳き込む影。
腰を抜かした俺の目の前には、依然男が立っている。手には血色の槍を持ったまま。
「とんだ邪魔が入ったぜ。どっから湧いて出たのかは知らねぇが……、ま、見られちまったモンはしょうがねぇ……」
男は槍を振り上げ――。
「……大人しく死んでくれや」
――もう恐怖はなかった。
――ただ漠然と。
――あぁ、ここで死ぬんだなと実感した。
「吸命の毒牙=v
断頭台の紐から、その手を放した。
閃光が奔る。
それは俺の心臓を寸分違わず貫く。
男の槍は特殊だったのか、痛みは感じなかった。
(―べ)
槍がゆっくりと引き抜かれる感触。
引っ張り上げられて、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。
〈チッ……、後味の悪ぃ殺ししちまったぜ〉
(わ――を―べ)
〈分かってるさ。今夜は様子見だって言うんだろ。……あばよ飯綱。またいずれな〉
立ち去る足音と気配。
即死の傷のはずなのに、まだそんな感覚が残っているのが不思議だった。
(わた―を―べ)
俺はこのまま――。
何も為せないまま――。
訳も分からぬまま――。
(わたしを呼べ、ヤクモ)
「――、ア――」
自分の口が何かを発音する。
それが何かも分からぬままに、俺は深い眠りへと落ちていった。
しかしそれは死に逝く者の眠りではなく。
幼い頃、母の腕の中で微睡むように――。
いずれ目覚める為の、再生へと向かう休息の眠りだった。
*
『ΑΔΑПТ』
「そう……目覚めたの。ありがとう、オモイカネ」
『ΝΟΤ ΑΤ ΑΛΛ』
ヴン……。
「……八雲さん」
*
「つっ……、間に合わなかったか……。ッ!? これは、アダプト!?」
…………。
「まだ息がある……? 莫迦な、ノスフェラトゥの一撃を心臓に受けて……?」
……煩い。
人が寝てるんだ。もっと静かにしろ……。
「おい貴様、起きろ」
……なんだ?
聞き慣れない声だな……。春姫か……?
「おい、起きろと言っている。生きているんだろう?」
……違うな、やっぱり多分聞いたことない声だ。
やかましいな……、もっと……静かに……。
「起きろと言っている!!」
ガツン!
「〜〜〜!!?」
後頭部に硬い衝撃を受けて飛び起きる。
な、なんだ!?
「目覚めたか」
ここはどこだ? 俺は……どうなって?
起き上がろうとしたところで右手に不自然な重みがあることに気が付いた。
「?」
ふと見ると。
見慣れない何か≠ェ握られていた。
「純白の、剣……?」
「ようやく現状を把握したか?」
「って、うわっ!」
目の前に白銀の槍を持った少女が立っていた。
それで、思い出した。
なんかよく分からない殺し合いに巻き込まれて、殺されそうになった──――
──違う。
……殺されたんだ。
心臓に槍が突き刺さる感触、しっかりと覚えている。
なのに、何故生きている?
この剣はいったい?
そして目の前のこの少女は……。
「林……飯綱?」
今朝クラスで初めて会ったばかりの、あの林だった。
「……ん? お前……神倉八雲か!?」
……教師を呼び捨てか。
って、んなことどうでもいい!
頭を働かせろ……、状況を整理しろ神倉八雲……。
今分かってるのはさっきまでこの場で殺し合いが行われていたということ、それを行っていた一人がこの林だということ。
俺が、一度殺されたということ。にもかかわらず、何故か俺は今生きているということ。
そして――。
俺が今握っているこの剣が、彼女達の持つ凶器と同種のモノだということ──――。
「俺は……、うわっ!」
俯いていた顔を上げると、槍の鋒が俺の眼前に突き付けられていた。
林の眼には確かな敵意が宿っている。
俺は、また殺されるのか……?
あんな風に、抗うことも出来ずに……。
林飯綱は冷たく見下ろしたまま、
「……答えろ。貴様、どこのアダプターだ」
生まれ故郷である町で過ごす、五年振りの夏。
空は高く、天の頂に手は届かないけれど――。
何かが変わった。それは間違いないようだった。
――夜はまだ長い。
――――unlimited Prologue・了
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