むかしむかし いまでははるかむかしのおおむかし
きゅうにんのかみさまが ここのつのせかいをつくりだしました
かみさまたちがすむせかい
あくまたちがすむせかい
てんしたちがすむせかい
にんげんたちがすむせかい
しんだひとたちがいくせかい
はざまのせかい
ほのおのせかい
こおりのせかい
そして なにもないせかい
きゅうにんのかみさまは それぞれのせかいのへいわをたもつことをちかいました
しかし たったふたつだけ――
かみさまたちには ごさん≠ェあったのです
*
「アダプトが!!」
聖徒会室の隅に立て掛けられていた剣が一際強く光を放ったかと思うと――。
「これは……なんて魔力量……!」
次の瞬間、剣は一条の光の矢と化し――まるで自分の意思を持っているかのように、教室の窓を突き破って彼方へと飛び去っていった。
一同が呆然と見守る中。
「八雲さん……」
風間春日が一人、彼方を見つめて呟くのだった。
*
天空より飛来する一閃の矢。
「……来い――」
否、それは剣だった。
主の命に応じ、剣は更にスピードを上げる。その様はさながら小型の彗星だ。早く、もっと早く。目指すは一点、今まさに命の灯火が消えかけようとしている主の下へ。
そして。
「――アヴァロン!!!」
鷲は、確かに神倉八雲の手の中にしっかりと舞い降りたのだった。
*
――20:01。
ザン――!
たった今俺を斬り伏せた敵を逆に斬り倒す。
真っ二つになりかけていた身体の傷は、驚くべきことに瞬く間に塞がっていった。そして右手にしっかりと握られていたのは超空より飛来した白蓮のようなあの長剣。
(呼べ、ヤクモ、わたしを……。我が名は――)
舞い降りる天啓。導かれるままに俺はその名を口にした。
「――楽園の騎士=v
魔力が渦を巻く。
「すごい……、あれが、八雲くんのアダプト――」
彼の楽園の島、アヴァロンでは誰も傷つくことなく、老いることもないという――。
何も驚くことなどない、其の名を冠した聖剣は持ち主の魔力を食らって傷を即座に癒す。再生の剣ナイト・オブ・アヴァロン=Aそれが神倉八雲の持つアダプトの名だった。
思考はかつてない程クリアだ。俺が今成すべきことは眼前の脅威を打ち滅ぼす、ただその一つに他ならない――。
「春姫」
「は、はいっ」
「うまく避けろ」
「え?」
「多分……手加減出来ない」
身体が反射の如く自在に動く。残る敵は四体。俺は脳から伝達される指令そのままに左足を一歩前、剣を両手でしっかりと握り右下段に構え――。
「――咆哮えろ」
「ッ! 跳んで、エアリアル・エア!!」
「――アヴァロン!!」
春姫が跳び上がるのも確認せず、左上段に向けて一気に振り抜く!!
ザザザザザザ――!!!
斬撃が飛ぶ。その瞬間7mの距離は埋め尽くされ、
四体いた鎧兵士達は、俺が放った剣風の前に悉く両断されていた。
「すごい……!」
上空にジャンプして回避していた春姫が着地とともに呟く。
俺は構えを解き、無意識のうちに血糊を払うように剣を一振りして。
――倒れた。
「ッ!? 八雲くん!?」
……なにか、きこえる……。さけびごえ……?
胸がいてぇ……なんでだ……?
……そっか、さっきまで身体が半分に切れかけてたんだ。こうして生きて動いてる方がどうかしていた。
身体を抱え起こされる感触。抱き起こされた顔にいくつもの雫が落ちてきた。
「神 先 !?」
「鈿 輩 お 雲 ん 助 て……!」
音がどんどん遠ざかってゆく。
頬に温かい雨が降りしきる中――。
俺の意識は、闇の中へ沈んでいった……。
unlimited
*
……意識がゆっくり浮上していく。
何かが聞こえてくる。遠くから、近くから。
(……じゃあ、傷はもう癒えているのね?)
(はい。傷自体はセブンスワンド≠ナ完治しましたし、命に別状はないはずです。おそらくは慣れない魔力を急激に放出したことによる反作用でしょう)
(それにしても即死級の傷を瞬時に治癒するアダプト、一体どれだけの力を秘めているのかしら……)
(ともあれ、生きていてくれることが何より嬉しいです……)
(安心するのは早くてよ春姫。アダプターとして覚醒した以上、九つの世界≠熕_倉先生を狙ってくるはず。こう言っては失礼だけれど……足手まといは遅かれ早かれ死ぬだけだわ)
(はい、分かってます……)
「――う……」
「ッ! 八雲くん?」
うっすらと視界が開ける。どうやら目覚めの時らしい。
途端に網膜に照りつける蛍光灯の光。まるで長いこと洞窟の中にでもいた人がいきなり陽の光の下に出たかのような眩暈にも似た錯覚を受け、堪らず目を閉じた。
「こ……こ、は……?」
口の中がカラカラだ。喉が張り付いているようでうまく声に出せない。
「八雲くん、八雲くん。私が誰か分かりますか?」
寝起きの頭で、俺の名前が呼ばれているのを理解する。そろそろ目が光に慣れてきた。ようやく暗黒の世界から脱することが出来るようだ。
瞼をそっと開ける。目の前にいたのは――。
「はる……き」
「はいっ……」
繋がれていた手が強く握り締められる。今気付いたが、俺の左手は春姫の両手に包み込まれるようにして握られていた。掌はすっかり汗ばんでいるのが分かる。
「春姫……」
もう一度呼ぶ。今度ははっきりと声が出た。
春姫は目尻にじわりと涙の粒を浮かべて、横になっている俺を抱き締めてきた。
「良かった……、うぅ、良かったよぅ、八雲くん……っ」
とうとう本格的に泣き出してしまう春姫。俺の胸の中で嗚咽を隠しもせず漏らしている。
ここは……俺の部屋か。壁にかけられた時計は二十時を指していた。
俺は……一体、どうなって?
確か隣町の病院で診察を受けて、その帰り――
(――わたしを呼べ、ヤクモ)
「ッ!?」
がばっと跳ね起きる。寝惚けた思考回路が一気に活動を開始する。
だが。
「は、づぅ……ッ!?」
右肩から袈裟に、激しい痛みが走った。全身の痛覚神経が一気に開いたような感覚。我慢できずにベッドの上でくの字に身体を折り曲げる。目に飛び込んできたのは包帯でぐるぐる巻きになった自分の身体だった。
「無茶しないで下さい! 八雲くん死にかけていたんですよ!?」
「俺は……、どう、なって……っ?」
痛みのせいで記憶がどんどん鮮明になってゆく。それに反し身体はおろか口も満足に動いてくれない。
あの晩と同じだ。俺は、また殺されかけて――。
「八雲さん、丸三日眠り続けていたんですよ」
「……え?」
そう言う声の主は春日さんだ。改めて室内を見回してみれば、春姫の他に春日さんと西園寺、北原の三人が集っていた。
春日さんはともかく、なんでこの二人が……?
「状況は分かりますか? 神倉先生」
「……あぁ、とりあえず今がとんでもなく痛いってことは分かった」
西園寺の問い掛けに冗談混じりで答えると、身体を支えて再び横になるのを促す春姫。その補助に従って大人しくベッドに横たわった。
「三日前――先生はその実感はないでしょうが、駅前で襲われたことは覚えていますか?」
「…………」
黙って首肯する。未だに信じられないことではあるが、あれは現実だ。現実至高主義者にとっては悪夢以外の何物でもない、現実。
「そうですね、まず何から説明したものか……」
「……まず訊きたいこと、いいか?」
しゃべると腹筋を使うのでどうしても身体が痛むが、訊きたいことは山程ある。黙ってばかりいるわけにもいかない。「どうぞ」と西園寺。
「アダプトって……アダプターって、なんだ?」
俺はいきなり核心をつく。全てを繋ぐ何よりのキーワードとなるのはそれだ。
「…………」
しばし黙していた四人だったが、西園寺がちらりと春姫を見やる。春姫はすがるように春日さんを見つめるが、春日さんは何も言わずに僅かに首を横に振った。
『切り出すのは貴女よ』、と言わんばかりに見つめ返して。
春姫は泣きそうな顔で。
「……Armed Device for which Ancient Providential Technology is used」
流暢な英語でそう言った。
「古代神技武装能力。私達はそう呼んでいます。ArmedのA、DeviceのD、AncientのA、ProvidentialのP、TechnologyのT。それぞれの頭文字を繋げ合わせてADAPT=Aと」
「古代神技……武装能力」
直訳すると太古の神々の技術を用いた武装具≠セ。
「武具を想像≠ノより無から創造≠キる力のことです。八雲さんの長剣や春姫のブーツがこれに当たります。そして……」
春日さんがその後に続けた。
「それに使用者≠意味するER≠つけて、アダプトを使用する者のことをADAPTER≠ニ呼びます」
……言葉の意味は分かった。だが俺が真に問いたいのはそんなことじゃない。
「どうして……俺がそんなものを……?」
「それは……分かりません。ですが八雲さんがアダプトに目覚めたのは確かです」
申し訳ありません、と頭を下げる春日さん。
「どうして……春日さんが謝るんですか」
「それは、私が八雲さんをこの町に、いえ、清命学園に呼び戻してしまったから……」
「え?」
それは……どういう……?
春日さんは一瞬口を噤むと、意を決したように続けた。
「清命学園聖徒会は、アダプトに目覚め選ばれた者だけが集う、限られた武装集団なのです」
六月二十七日(土)
*
「先生、元気なーい」
「まだお風邪治ってないんですかぁ?」
朝のホームルームを終えるとクラスの生徒数人が興味半分心配半分といった様子で俺の下に集まってくる。
……主に女子っていうのはあれすか、俺は小動物かマスコット的扱いってことすか。
休んでいた三日間(自覚はないが、確かに三日経過していた)は春日さんが、夏風邪をひいて病欠ということにしておいてくれた。
あの後痛みはすぐにひいたし、包帯を取っても傷痕は見受けられなかった。いつまでも休んでいるわけにもいかないので今日は学園に出てきたのだが、昨夜の影響は確実に、しかも少なからず尾を引いているようだ。幼馴染の春姫ならともかく、会って間もない生徒達に異変を見破られるとは、相当キテるな……。
「いや、大したことないよ。まだちょっとだるいだけ」
にこやかに笑って平常を装い着席を促した。
と、その視線の先。周囲の会話に参加せず一人佇む春姫と目が合った。あいつにとっても三日振りの学園だ。俺が眠っている間中ろくに寝ずにつきっきりで看病していてくれたのだと、春日さんがこっそり教えてくれた。
あいつ、なんか変に責任感じてるみたいだからな……。
俺はちょいちょいと手招きをした。自分が原因だとはいえ、言わずにはいられなかった。
「?」
席を立ち、ちょこちょこと教壇へと向かってくる。
「なんですか? 八雲く――神倉先生?」
(お前さ、もっと元気出せよ)
小声で耳打ちする。
(でも……)
(俺はこうして生きてるんだし、傷だってもう痛まない。それに放課後また詳しい話は聞かせてもらうから)
昨夜はあの後、あまり長時間の話は身体に障るだろう、という理由で西園寺も北原もまもなく帰っていった。今日は土曜ということで午後は休みだ。放課後に聖徒会室にて話の続きを聞かせてもらうことになっている。
……聖徒会が、限られた武装集団。
学生がそんな――あんな熾烈な戦いの渦中に身を置いているというのか。それは昨晩聞いた話よりも、先の林や春姫の戦闘を目撃した体験からその危険性を実感できる。
俺と歳が大して変わらないとはいえ、まだほんの、未成年だというのに――。
「あー、センセーと風間さんが密会してる〜」
「ホントだー。よっ、アツいね〜♪」
教室内から囃し立てるような声が聞こえてくる。
「二人揃って三日も休んでたし、なんかあやしいなぁ〜?」
「ば、ばか! ちょっと授業について話してただけだ!」
「そ、そうだよ〜。なんでもないよ〜」
因みにこの場には全く関係ないことだが、敬語じゃない春姫は新鮮だ。
「一緒に住んでて何も関係ないなんて言われてもねぇ……」
「信用できないよね〜」
ね〜♪、とわいわい次々に唱和するクラスの女子数人。
確かに、同居している若い男女二人が同時に三日も連続で休めば、色恋沙汰に餓えている年頃の女子にとっては、まさに鴨が葱を背負ってきたようなものだ。
さてなんて言い訳をしようか考えていたその時だった。
「いい加減にしないかお前達!!」
バン!という音と共に、一つの怒号が朝の喧騒を水を打ったような静寂に変えた。
林飯綱が机を叩いて立ち上がったところだった。
「真偽の程も定かではない噂話に現を抜かすとは何事だ! 神倉先生も! 教師ならもっと毅然とした態度を示して頂かないと困ります!」
「あ、あぁ……悪い」
そのあまりの剣幕につい謝ってしまった。座席につく林。クラスメイトもぶつくさ文句を言いながら一時限目の授業の準備を始めるべく自分の席に戻っていった。
険悪な雰囲気に包まれる教室内。……まずいな、この空気はいただけない。ちょうど一限目は俺の授業なのだが、こんな空気の中でまともな授業なんて出来んのか? ましてや当事者が……。
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。
「……ゴホン、あー、とにかく風間? お前もさっさと授業の準備しろ」
「あ、はい……」
とにかくもう少し明るい雰囲気を取り戻さねば、と考えながら――。
「……よーし、じゃあテキストの四十七ページ開いてー」
明るい笑顔を保つ努力をしつつ、久しぶりの授業が始まった。
「ちょっと待った林」
授業が終わるや否や教室を出ていった林の後姿を呼び止める。
「……なんですか」
振り向き、睨み付けるかのような視線で俺を射抜く。
「なに、ってわけじゃないけど……、さっきの。あれはちょっと言い過ぎじゃないのか? 仮にもクラスの仲間だろう」
「仲間、だと……?」
より一層目つきが鋭くなる林。ついでに敬語を使うのも忘れたようだ。
「ふん、甘ちゃんが。誰があんな連中と好き好んで徒党なんて組むものか。そんなもの面倒なだけだ」
「そんなつれないこと言うなよ。まだ一年始まったばかりだろ。今からこんなんじゃ孤立するばっかりだぞ」
そう言っても彼女は鼻で笑うばかりで。
「ふん、教え子と良からぬ関係を疑われる奴とは思えない台詞だな。神倉、お前だって教師≠ニいう立場や面子があるから私に構うんだろう? 新米が一丁前に……」
「なっ……! 俺は別に――」
流石に頭にきた。だが春姫とのことは事実なだけに咄嗟に言い返す言葉が思い浮かばない。
林は背を向けて。
「……我々アダプターに平穏な日常など送れるものか」
と言ったのが聞こえた。
「話は終わりですか? 行きますよ私」
「…………」
俺はそれ以上何も言えず。
立ち去っていく林の背中を見つめるだけだった。
そして放課後。
週末の業務を終えた俺は三階にある一つの教室の前に立っていた。
聖徒会室――。
近寄りがたさを感じさせるのは気のせいではあるまい。多くの生徒にとってはある意味鬼門となるのがこの聖徒会室であり、そこに住まう鬼となるのが聖徒会だった。
すぅっと深呼吸をして覚悟を決める。そしてノック。コンコン、という乾いた音が響く。
「どうぞ」
短く返事。まるで俺がこの時間に来ることが分かっていたかのようでもある。がちゃりという音と共に大きな扉が音を立てて開き、俺はその先にある別世界への道を踏み出した。
*
広い聖徒会室だが、これだけ多くの人間が集まれば狭くも感じるというものである。
室内には十人の人が集結していた。聖徒会長・西園寺阿須波をはじめ北原鈿女、東菊理、南条照也、風間春姫、林飯綱、火野彦根、山里児屋、顧問の風間春日。そして――神倉八雲。
左右の端に茶色を基調とした背が高い本棚が立てられ、そこにはぎっしりと蔵書が詰まっている。入り口に向かって正面にある大きな横長のデスクの上には大量の書類やデスクセット、それを囲うように会議用の長テーブルが二つ斜めに置かれている。阿須波が正面のデスクに座り、その横に鈿女が社長秘書のように控えている。右のテーブルの一番上座に春日が、それに会計の菊理と書記の照也が続く。左のテーブルには風林火山の面々がそれぞれ固有の表情を浮かべつつ席に着いていた。
清命学園において、莫大な権力を有する聖徒会役員と副学園長が一同に介しているのだ。その様は壮観の一言に尽きる。
理由は述べるまでもない、アダプトに覚醒した八雲に対する処分とその後の対応だ。
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます、神倉先生」
一同が代表して礼意を示す阿須波。
「……容体はいい。世間話をしに来たわけじゃない、訊くべきことを訊かせてもらいにきたんだ」
「そうでしたね……。まずは質疑応答を執り行います。まずは神倉先生から、お尋ねになりたいことがあればどうぞ」
八雲は一度大きく瞬きをする。
「一日、色々と考えてみた。副学園長。副学園長はゆうべ、『聖徒会はアダプトに目覚めた者が集う武装集団』と、そう言いましたね?」
春日は黙って頷く。
「ということは、聖徒会の役員は全員――」
「……その通りです。ここにいる八名、そして顧問である私も含めて全員がアダプターです」
一同を見回す八雲。先日少し話をした菊理や彦根や児屋。八雲が知っている僅かな情報から感じる限り、彼らは望んで争いをする人物とは思えない。
視線を阿須波の方に戻す。
「じゃあ……どうしてそんなものが存在するんだ? 力が存在するにはそれに拮抗するだけの力を持つ敵対勢力がなければいけないはずだ」
それはそうだろう。
必要なくして事象は生まれない。力は須く争いを生む。それが強大な力なら尚更だ。
「流石に……ご察しがよろしいのですね。その通りです。私達には敵対組織が――倒すべき敵が存在します」
「それは一体?」
「それが、九つの世界≠ニ呼ばれる集団です」
「ここのつの……せかい?」
黙頷する阿須波。
「九つの世界≠ノ関しては、我々にも詳しいことは分かっていません。分かっているのは、その組織が『ニニギ』と呼ばれる男を筆頭とした反乱軍の通称だということです」
「その九つの世界≠焉Aアダプトを?」
「はい。先日――もう五日前になりますか。先生が目撃した戦闘で飯綱と戦っていたのもその一員です」
飯綱が立ち上がる。
「あの槍の男の名はナヅナ。アダプトは吸命の毒牙ノスフェラトゥ=v
「きゅうめいの……、なんだって?」
「アダプトにはそれぞれ称号と真名が存在する。称号が吸命の毒牙≠ナあり、真名がノスフェラトゥ≠セ」
それくらい察しろと言わんばかりに面倒くさげに説明する飯綱。
「それくらい察しろ」
というか実際言った。八雲に対して、完全に敬語はやめたようだ。
「察しろって、いきなりそんな無茶な……」
小声でぼそりと不平を漏らす八雲。
「飯綱、失礼よ」
鈿女に諌められ、八雲に向けて「ちっ……」と舌打ちをして着席した。
「先生、失礼しました」
「あ、いや、いいんだ。それで春姫が……」
やはり例の如く俯いていた春姫に呼びかける。一瞬驚いたように顔を上げた。
「春姫があの時現れたアダプトを、『エアリアル・エア』って呼んでたのか」
「はい……。風奏でる翼靴エアリアル・エア=Bそれが私のアダプトの称号と真名です」
八雲は四日前に鎧騎士に襲われた時のことを思い出していた。風奏でる翼靴エアリアル・エア。四枚の白翼を生やした天に吹く美しい風。なんと相応しい名前だろう。
「そうだ、あの時……。あの時現れた鎧騎士達もアダプターなのか?」
改めて八雲は問うた。しかし一同は首を横に振る。
「あれはアダプターじゃないよ。エインヘルヤル≠チて呼ばれる、九つの世界≠フ尖兵なの」
そう軽い調子で答えたのは会計兼お気楽担当の菊理である。
「エインヘルヤル……。北欧神話に出てくるヴァルハラへと運ばれた戦死した英雄の魂……」
イギリスに住んでいたということもあり、北欧神話にも精通している八雲。「随分洒落た名前つけるもんすよね」と呟いたのは彦根だ。
「あの……会長、NCSについても説明しないといけないんじゃないんですかぁ?」
おずおずと間延びした口調で発言したのは役員の中で最年少の山里児屋。
「そうね……。先生も念話を通じて聞いていたと思いますが――あ、念話というのはアダプター同士が空間を越えて心と心で会話出来る能力のことです。駅前で聞こえた声がこれに当たります。おそらく鼓膜を通さず直接脳に響くように聞こえたはずです」
そういえば確かに、と得心がいく八雲。阿須波が今説明した内容はまさに彼が先日感じたものと同じ感覚だった。その数分前、聖徒会室にいないはずの彦根や児屋の声がしたのもこの道理に則ったことだ。
そう説明した阿須波に続いて春日が解説を続ける。
「NCSとはNext Closed Space=\―隣次元閉塞空間≠フ略です。アダプターとエインヘルヤルのみが入ることの出来る次元をずらした世界。外部とのあらゆる干渉を断ち切って、互いの世界で起こった事象は相互に一切影響を及ぼさない。そして、逆は出来ても現世からNCSの様子を探ることも出来ない。そんな閉じた世界、それがNCSです」
「現世に触れることも出来ない、閉じた世界……。なるほど、それであの時、人にぶつからずにすり抜けていったのか」
「納得して頂けましたか?」
「……なんとか。要するに位相がずれたテレビに何も映らないのと同じ原理でしょう?」
「すごいですね……。仰る通りです」
日の本が誇る天才ここにありと謳われた頭脳は伊達ではない。これだけの長い説明をさえ、八雲は一聞で理解してみせたのだ。
「会長……、そろそろよろしいのでは?」
そう言ったのは、今まで黙々と机の上でノートを書き記していた南条照也であった。ここにきて初めて口を開いた彼に視線が集中する。
「そろそろ決断の時です。先生にとっても、僕達にとっても――」
「照也、そうね……。先生? まだお尋ねになりたいことはありますか?」
「…………」
首を振るだけで否定の意を示す八雲。それを確認して照也が立ち上がる。
「神倉八雲。問おう。一人のアダプターとして、我々と共に九つの世界≠ニ戦う意志があるや否や――」
その言葉は、八雲の胸に神勅の如く響いた。
「俺は……」
春姫に目をやる。俯いている少女。いつの日も自分が護っていた少女。
目を閉じる。幼少の頃の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。
十年以上昔。幼かった春姫はいつもおどおどしていていじめられていた。それをいつも八雲が助けていたのだ。
その春姫が、今ではこんなに強い――──
――否。
強がっているだけだ。
彼女は今もあの遠い日のままだ。弱かったあの頃のまま。なのに、必死で強がっている。そして、己を護るために戦ってくれた。
(神倉八雲は――)
「――ナイト・オブ・アヴァロン=v
風が逆巻く。窓が開いているわけでもないのに、激しい風籟が広い聖徒会室内を支配する。
机の上に積まれていた書類が宙を舞う。しかしながらそんな中、取り乱す者は一人としていなかった。
一瞬の暴風の後――。
俺の手には一振りの長剣が握られていた。
「……戦う」
確かな決意を秘めて言霊を紡いだ。
「八雲くん……」
「春姫が……生徒達が戦っているんだ。俺だけ逃げるわけにはいかない……逃げられない」
満足げに頷く南条。その顔はどこか嬉しそうですらある。他の面々も新しい仲間を歓迎しているように一瞬ざわついた。ただ春姫だけは複雑そうな顔で俺を見据えていた。
「リジェネレイトソードのアダプト、ナイト・オブ・アヴァロン……。それが先生の持つアダプトの真名ですか」
「あぁそうだ」
西園寺の言に大きく頷く俺。もう、迷いはない。
「本当に……良いのですね? 八雲さん」
「春日さん。……はい、自分で決めたことです。後悔はありません」
「ふん、せいぜい足を引っ張る真似だけはするな」と悪態を吐く林。
火野。短く「よろしくっす」。
山里。「頑張りましょうねぇ」。
「やっくん先生も一緒だねっ!」東。
「ようこそ神倉先生。僕達聖徒会は先生を歓迎しますよ」南条。
北原は「便りにしてますよ」と激励してくれた。
「では神倉先生。只今より、神倉先生を当聖徒会の副顧問に任命します。異存はありますか?」西園寺だ。
「いや、ないよ」俺は答えた。
「では全員の携帯の連絡先を教わっておいて下さい。明日は休みです。何か変動があれば指示は追って通達しますので、それまではゆっくりと身体を休めて下さい。それと、月曜日以降は可能な限り放課後はこちらへ来て下さい」
「分かった」
「連絡事項はそれくらいです。何かある? 鈿女」
「いえ、あたしにはないわ」
最後に西園寺はやんわりと笑って。
「先生はもう私達聖徒会の仲間です。共に歩み、共に戦いましょう」
再度大きく頷く。なんだか俄然やる気が沸いてきた。
アダプトを消す。脳内に響く声もあり、想像≠ノより創造≠キるというのなら、こいつの出し方・消し方は知らず知らずのうちにマスターしていたようだ。
と、一瞬――。
(?)
俺に鋭い視線が向けられているような気がしてそちらを向いた。その先には……。
「? どうかしましたか、神倉先生」
南条がにこやかに立っていた。その微笑からも立ち居振る舞いからもおかしな様子は見受けられない。
……殺気を感じたような気がしたんだが。どうやら神経が過敏になりすぎているようだ。
「ではこれにて聖徒会臨時会議を閉会いたします。各々方、長時間にわたりご苦労様でした」
最後はいつかのように北原が締めた。それを合図のようにして、役員達が俺の周りに集まってくる。口々によろしく、よろしくと。
「あぁ、こちらこそよろしくな」
今は、この平和を喜ぼう。いつか来る闘争の日々のために――。
西園寺に言われた通り、全員と携帯の番号とアドレスを交換する。林も──渋々だったが──教えてくれた。
それが終わると、俺は着席したままの春姫のところへ行った。俯いている頭にぽんと手を乗せて。
幼いあの頃と同じように――。
『安心しろ春姫。お前は俺が――』
「俺が……護ってやる」
「あ……」
その言葉にようやく顔を上げて。
目尻に涙を湛えて。
「はいっ!」
久しぶりに見る本物の笑顔で、そう答えてくれたのだった。
いつしか日は傾いていた。
夕焼けに染まる教室の中――。
始まりが終わり、終わりが始まった。
六月二十八日(日)
*
こっちに出てきて一週間経ったが、色んなことが起きすぎた。こんな短期間に二度も殺されそうになるなんて、なんと貴重な体験をしたことか。
ちょっと遅く起きた朝。ジャージから私服に着替えると階下に下りた。リビングには人の気配が。春姫と春日さんはもう起きているようだった。
「おはようございます、春日さん。おはよう春姫」
案の定、ダイニングテーブルに向かい合わせに座って談笑していた。
「あ、八雲くん。おはようございます」
「八雲さん、おはようございます。朝食、食べますか?」
「あ、はい。いただきます」
ちょっと待ってて下さいね、と言って台所に消える春日さん。俺も世話になりっぱなしっていうのは居心地が悪いのでコーヒーくらいは自分で用意する(既に淹れられていたコーヒーメーカーからカップに注ぐだけだが)。
「身体の調子はどうですか?」
「別にどうも。いつも通りだよ」
コーヒーを啜りながら答える。昨日もよく眠れたし、不調な様子もない。むしろ平時より身が軽いくらいだ。
「アダプトに覚醒した影響かもしれませんね」
春日さんがトーストの乗った皿とフレンチサラダを両手に居間へ戻ってくる。
「八雲さんのステータスは、バランスがいいですから」
「どういう意味ですか?」
トーストをかじりながら尋ねる。
「私のアダプトには、離れたものを知覚したり近い未来を予見したりする透視と、アダプターの能力を数値化する洞察の二つの能力が備わっているんです。洞察の能力で八雲さんのステータスを読み取りました」
「へぇ、アダプトってのは戦うだけじゃなくそんなことも出来るんですか……。便利ですね」
その代わり戦闘はからっきしなんですけどね、と付け加える春日さん。だから情けないことに、生徒達に頼りっきりなんです、とも。
それにしても俺の能力値か……ちょっと気になるな。
「それ、見せてもらうことって出来ますか?」
「クスクス、やっぱり男の人って自分の強さに興味あるんですね。えぇ出来ますよ。……オモイカネ」
『ΣΥΡΕ』
春日さんが左手を前に出してアダプトの名を口にすると、それに応じるように機械音声が聞こえ、左の薬指にはめた指環――おそらくウェディングリングだろう――が光を放った。
ヴン――。
するとどうだろう。パソコンの起動音のような音がして、何もない中空に液晶のディスプレイが浮かび上がったではないか。
「これが私のアダプト、礼義の詠み手オモイカネ≠ナす。能力は先程述べた通り。オモイカネ、八雲さんのステータスを」
『ΟΚ』
画面が切り替わる。すると俺のステータス一覧らしきものが表示された。
「なになに……。アダプト:ナイト・オブ・アヴァロン、攻撃力:A、防御力:B、敏捷性:B、魔力:D、技量:A+……」
表示されている通りに読み上げる。春姫も横から覗き込んできた。
「はぇ〜。すごいですね八雲くん、オーバーAが二つもあるなんて」
どうやら感嘆の声を上げている様子の春姫。だが比較対象もないので、俺にはさっぱり理解できない。
「……すごいんですか? これ」
「えぇ、かなり」
うーん……。
首を捻っていると、春日さんが意地悪げに笑って言った。
「試しに、春姫のも見てみますか?」
「わわ、お母さんっ。それはダメっ」
恥ずかしそうに止めようとする春姫だったが、「まあまあ」と制され、時既に遅し。再度画面が切り替わり、今度は春姫のステータスが映し出された。
「う〜」と唸る春姫を尻目に、俺は表に目を通す。
アダプト:エアリアル・エア、攻撃力:C、防御力:C、敏捷性:S、魔力:C、技量:B+……。
……S?
「あの、春日さん? このSってやっぱり……」
「はい。Aランクの更に上です」
俺はB、春姫はS――。
敏捷性において、俺はかなり春姫に負けていた。
……こんなトロそうなやつに?
内心かなりショックだった。
「八雲くん……、失礼なこと考えてません?」
「そそそそんなことないぞ? でも……」
こうしてパラメーターだけ春姫と比較して見ると、俺ってかなり強くないか?
「ね? すごいでしょう?」
「そうですね……。正直びっくりです」
「でも……」
言いづらそうに春姫が口を開く。
「これはあくまでアダプトの――数値の上での能力値ですから。八雲くん実戦を経験したことないでしょう? だからその……言いづらいんですけど、今のままじゃ足を引っ張るだけだと思うんです」
確かに……。
ナヅナという男に殺された時は一方的すぎてとても戦いとは呼べたものではないし、駅前でエインヘルヤルとの戦闘も身体が自然に動いただけだ。
もっと強くならないと誰も――自分すら護れない。
「八雲くんには……もっと強くなってほしいです――」
春姫が小声でそう呟いたのが耳に届いた。
*
食後も小一時間程雑談をして部屋に戻ると、枕元に置いてあった携帯のLEDライトが点滅していた。
「メール……?」
早速開いて確認してみる。
受信時刻は8:57。今が九時をちょっと回ったところだからつい数分前だ。
差出人――火野彦根。
『先生、おはよっす。今日は暇すか?(Φ_Φ)』
…………。
……いや、いいんだけどな?
なんだよこの顔文字……こえぇよ。
『暇と言えば暇だけど。何かあるのか?』と返す。
二分程して返事が返ってくる。
『これから照也と鍛錬するんすけど、先生もどうっすか(Φ_Φ)』
『鍛錬って?』
『暇があればお互い稽古をつけてるんです。先生にとってもためになると思いまして。おれ達で良ければ教授するっすよ(Φ_Φ)』
それは……願ってもない。まさにさっき考えていた強くなるための方法≠セった。
『分かった、頼む。どこでやるんだ?』
外に出て初めて気付いたが、今日の空は生憎の曇天。時計は九時半を指していた。
「あ、先生。ちわっす」
「おはようございます、神倉先生」
「おはようございます」
集合場所である学園の正門前には、火野と南条に加え北原までいた。三人とも既に到着して待っていたようだ。
「おはよう三人とも。二人は聞いていたけど、どうして北原まで?」
「あたしは治療担当です。万が一怪我した場合のためにあたしが立ち会うことになってるんです」
「勇鋭の聖杖セブンスワンド=Bタロット好きな鈿女さんらしい名前でしょう?」と南条の口から説明。
ワンド――確かタロットの一種、だったか。
「小アルカナで、ワンドの七は勇気≠意味するんです。そもそも小アルカナとは『ワンド』『ソード』『カップ』『コイン』の四つのスートからなり、更に各スートはそれぞれ――」
……なんだか延々と解説が始まった。いつもの北原からは想像もつかない程饒舌だ。
「ふくかいちょー、ストップストップ。今はふくかいちょーのタロットうんちく聞きに来たわけじゃないっしょ」
「はっ! しまった、またやっちゃった……。ご、ごほん。とにかく『ワンド』にはご存知の通り『杖』という意味もあるので、七番目の杖≠ニいうのが名前の由来です。回復系と氷雪系の魔法を扱えます」
たらりと冷や汗を流し、ショートに整えた髪を後ろに払いつつ解説する北原。「彼女、タロットのことになるとうるさいんです」、と苦笑しつつ南条が教えてくれた。
それにしても『魔法』、か……。すっかりファンタジー側の人間になっちまったんだな、俺も。お堅い北原の口からそんな単語が出ると嫌でもそう認識させられる。
さて、話が横道に逸れたが、今日は鍛錬のために集まったんだ。
「わざわざ学園に集まったってことは、ここで鍛錬するのか? 剣道場でも借りたり?」
そう口にするとしかし、三人は俄かに険しい顔つきになる。
「いいえ。こう言っては失礼ですが、先生の戦闘技術は現状あまりにも稚拙だ。かといって戦闘の技術は一朝一夕で体得出来るものではありません。故に、先生には実際の殺し合いの何たるかを身を以って体験して頂き、その殺し合いの中に身を置く際の心構えを身に付けてもらいます」
実際の殺し合いの何たるか――。
「それはつまり……」
「はい。実際にアダプトを使用して模擬戦を行います」
広い中庭に移動する。ここには正直あまりいい思い出がない。なんといっても一度殺された場所だ。お気に入りであるはずがない。
既にNCSの使用許可は下りているとのこと(NCS発動には副学園長か聖徒会長の許可が要るらしい)。
「NCS、radius100m――invoke」
周囲にひと気のないことを確認した北原がNCSを発動させる。マゼンタカラーに染まる中庭。北原と火野は少し離れたところで傍観している。南条が稽古をつけてくれるようだ。5m程の距離をとって対峙する。
「じゃあ、早速始めましょうか。……灰燼に帰せ」
南条の右手元に紅蓮の炎が出現する。それが消えていくに応じて彼の手の中に具現化されたのは……。
「――灼焔伯爵=v
焔を象ったような波状に揺らめく刀身を持つ、俺のアダプトの一回り小さい片手剣だった。昔読んだ小説に出てきた、フランス語で炎≠意味するflamboyant≠ノ因んだ西洋剣・フランベルジェに類似している。
「これが僕のアダプト、灼焔伯爵ムスペルヘイム≠ナす。では、早速行きますよ――」
自らの分身を紹介するが早いか、フェンシングの基本姿勢のようにムスペルヘイムを構える南条。そして次の瞬間、その姿は霞み――。
「……え?」
一息のうちに肉薄した刃の打突の鋒が、俺の喉元に宛がわれていた。
「うわっ! ちょっと待て南条! いくらなんでもいきなりすぎ――」
思わず後ずさる。首に感じたひやりとした感覚が蘇る。マジで死んだかと思った……。
しかしながら剣先を寸分違わず宛がう技量には脱帽するしかない。
「これが実戦ならもう死んでますよ? 先生」
悪びれた様子もなくそう言い放つ。
「悠長に観察している場合ですか? 僕のことは敵だと思って下さい。敵がわざわざ武器を構えてくれるまで待ってくれると思いますか? 敵がアダプトを出したら即座に反応してアダプトを出す。至極当然の流れです」
それは……そうだけど。
「言ったはずです。実際の殺し合いを体験してもらう、と。これはそういう意味ですよ」
「…………」
返す言葉もない。確かに俺は『本当に殺されることはないだろう』と甘く見ていた。
目の前にいるのは名もなき敵。倒すべき敵。これはそういう鍛錬だったのだ。
「――ナイト・オブ・アヴァロン=v
その名を呟く。掌が熱い。その熱は次第に硬い感触へと変わっていき、剣の姿を形作っていく。そうして俺は己がアダプトを手握っていた。
仕切り直しだ。もう一度同じ距離をとって向き合う。今度こそ両手で長剣を、剣道でいう八双に構えて。
「では、改めて行きますよ。手加減はしますが――」
南条の目が細まり確かな殺気が放たれた。そして。
「――本気で殺す気で行きますので」
一直線に突貫してきた!
(疾い! だが――)
さっきと同じ軌道の突き……、これは防げる――!
――ガキィン!
鋼同士がぶつかり合う音。ちゃんと構えていたおかげで、剣を振り上げることで大きく弾くことが出来た。
「よく防ぎました。では……これはどうですっ!」
だが南条は弾かれた勢いを逆に遠心力に変換して、身体を回転させて横薙ぎの一撃を繰り出してきた!
「くっ……!」
ギィン!!
辛うじてアヴァロンを縦にして防ぐ。激しい猛攻。俺はそれをなんとか力任せに押し返すことに成功した。体格はこちらが勝っている。単純な腕力なら上だ。
二撃、防御に回った。今度はこっちの番だ……!
「はぁぁ!!」
一撃目。助走をつけてアヴァロンを振るう。しかしそんな単調な攻撃を南条は僅かに左に移動するだけで躱してみせた。
「――せぃっ!!」
二撃目。今度は避けられた方向に向けて横薙ぎ一閃!
「ふっ――!」
それをムスペルヘイムで防ぐ南条。剣の形状が波打っているので、鍔迫り合いの度にガリガリガリと黒板を爪で引っかくような生理的に厭な音を立てる。
一度一歩距離をとって――。
「こ……のぉぉ!!!」
三撃目。踏み込むと同時に右脇腹を目掛けて渾身の胴!
南条はそれを防御するために身体を傾ける。だがこの勢いならその程度の守りは突き破れる――!
そして周囲に甲高い金属音が響――
(えっ――!?)
――かなかった。
南条は……。
『防ぎ切れない』そう即座に判断、咄嗟にアダプトを消したのだった。
出没自在のアダプトならではの業だ。目標物を失った俺の攻撃は虚しく空を斬るだけだった。籠めた勢力そのままに大きくバランスを崩す。そこへ――。
「――チェックメイト」
再び具現化されたムスペルヘイムの矛先が、心臓に向けられていた。
もう逃げようがない。俺があと一ミリでも動けば、その刃は容赦なく胸を貫くだろう。
「これで先生は二回死んでいます」
そう言って剣を引っ込める南条。俺も構えを解いた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
荒い息を吐く。たった数合の剣戟で俺の腕は悲鳴を上げ、疲労は頂点近くに達していた。
重量3kg程度の軽めのナイト・オブ・アヴァロンだが、扱い慣れない物なだけに、何度も振るえばかなり体力を消耗する足枷に他ならない。剣術の心得などない俺にとっては尚更だ。ましてやこれは命の取り合いだ。体力よりも精神力がきつい。
それに対して南条はというと、息一つ切れていない。
戦闘経験が違いすぎる――。
改めてそれを認識させられた。
「筋は悪くありません。ですが、攻めが単調すぎる。一撃目を躱されたから二撃目、二撃目を防がれたから三撃目――。これではエインヘルヤルはともかく、実戦経験を積んだアダプターには百回繰り出そうと脅威にすらなりません」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
身体の疲労はかつてないスピードで回復していく。アダプトの効力だろう。だがメンタルな面までは流石にアヴァロンの再生力も及ばない。
「大切なのは決める≠アとと引く≠ナす。一撃で仕留めると決め≠黷ホ一撃目で。四撃目で勝負をつけようとするならその前の三撃で如何に相手を崩すか、といったように決める≠フです。それがもし叶わなければ一度引か≠ネければいけません。何も武器を振るうだけが戦いとは限らない。相手と剣を交える前から戦いは始まっているのですよ」
「な、なるほど……」
確かに今の三回の攻撃は闇雲に剣を振り回していただけだ。当たったらどうするとか、避けられたらどう出るとか、一切考えていなかった。
決める≠ニ引く=Aか……。
「先程僕がやったように、瞬時にアダプトを消すのも防御において有効な手段です。いなす、防ぐ、意表を突いて武装を解除する。一口に守りといってもこれだけの手があります。これらを自在に使いこなせれば、敵をかなり攪乱することが可能になります」
「う……分かった」
踵を返す南条。
「休憩にしましょう。次は彦根が相手になってくれます」
背中越しにそう言って一足先に火野と北原の方へ歩み寄っていく。俺はとりあえずその場にアヴァロンを置いて座り込んだ。
(これが、アダプター同士の戦い……)
驚殺されるしかない。こんな過酷な戦をいつから繰り広げているのだろう。
「お疲れ様です、先生」
北原が水の入ったペットボトルを持って俺のところへ来てくれた。
「あぁ、サンキュ」
それを受け取って一気に半分くらい飲み干す。熱せられた身体に冷たい水が心地良い。
「どうですか? 調子は」
そう尋ねつつ隣に腰を下ろす。
「見てただろ。もう散々だよ。……なぁ、いつからこんな――」
……殺し合いをしてるんだ? そう言うよりも早く彼女は答えた。
「あたしは阿須波に……会長に従っているだけですから」
それは果たして答えになっていたのかいないのか。
「そろそろいっすか?」
頭上から声。いつの間にか火野も近寄ってきていたようだ。
「あ、うん」
そう言って顔を上げると――。
「うおぉっ!!?」
火野の手の中には、身の丈程もある巨大な鎌があった。
「びびった……。それが、お前の……」
「はい。覇王鎌のアダプトクロノス≠チす。よろしくです」
びびって腰を抜かすかと思ったがなんとか立ち上がる。北原も隣で――こちらは平然と――立ち上がった。そしてさっきまで立っていたところに戻る間際。
「……六年前です」
小声でそう言ったのが聞こえた。それ以上何も言わずに歩いていった。
「……さて。最初に言っとくと、おれは照也みたいに器用なこと教えること、出来ないんで。出来るのは本気で先生を殺そうとすることだけなんで」
……真顔で物騒なことを言ってくれる。
「先生は殺してもアダプトで生き返るんだからいいすよね? 殺しても」
「……勘弁してくれ」
火野は「冗談す」と言ったが、冗談に聞こえない冗談はやめてくれ……。
「ともあれ、おれとの鍛錬はすなわち、戦いにおける心構えを身に付けることだと思っておいて下さい」
そう前置きして離れていく。そして南条と同じように5m程度離れたところで振り返る。
俺はすぐさま傍らに置いた剣を手にとって構える。さっき言われた通りだ。
その反応に、火野は満足そうに僅かに口元を緩めた。
「……行きます」
だがすぐさま口を真一文字に結び直して。
「はぁっ!!」
気合と共に俺に突っ込んできた。
*
清命学園構内を一望できる屋上。
中庭からは当然100mも離れていないので、そこはNCSの結界内だ。
「…………」
にもかかわらず、フェンスの際に立つその少女の視界は、刃を交える四人の姿を捉えていた。
フェンスに左手を置いて体重を預ける。少女の重みにがしゃんと軋むフェンス。その手は黒い手袋に包まれていた。
「神倉……八雲――」
そう呟く少女の顔には、微笑が浮かんでいた。
*
「人間……」
船=E室内。ニニギは窓の外、雲間に広がる地上の風景を俯瞰しながら無感情に呟いた。サクヤはいつものようにソファにもたれかかりつまらなげにニニギの後姿を見つめている。
「……醜い」
感情の起伏の感じられないその声からは、むしろ身の毛立つ程の恐ろしさを感じる。
「…………」
コンコン。
彼らが黙ってさえしまえば物音一つしない室内に響く無機質なノックの音。
「…………」
ニニギは聞こえているのかいないのか、沈黙を守ったままだ。「入って」サクヤが代理として応対する。
「失礼します」
入ってきたのは男三人。先頭に入ってきた男は他の二人に比べて小柄だ。
小柄というには少し語弊がある。彼の身長も170cm前後はある。決して背が低いというわけではない。後ろに続く二人の体躯が異常なのだ。
「ナヅナ、只今参上いたしました」
先頭の男――ナヅナが片膝をついて跪き、ニニギに忠誠の意を示す。
「同じくホスセリ」
「ホオリ、ここニ」
残りの二名、ホスセリとホオリは傍に立ったままである。しかし依然ニニギは黙ったままだ。一層雲が広がってきた窓の向こう側を見つめているだけだ。
「ご苦労様。……ちょっとニニギ、自分から呼び出しておいてだんまりはないんじゃない?」
鈴が鳴るような可憐な声で抗議するサクヤ。
「いよいよ本格的な戦争をおっ始めるのか?」
「よもヤ、用もなく声をかけた訳ではナイだろうネ?」
「…………空」
ニニギはそう唐突に切り出した。
「どう思う? ナヅナ」
「は? 空……ですか?」
「うむ」
未だ背を向けたままで表情も読み取れない。ナヅナはニニギの真意を測りきれずに問い返した。
「どう、と仰いますと?」
「言葉の通りだ。どのように思う。お前の忌憚のない意見を聞かせてくれ」
しばし逡巡するナヅナ。そして――。
「その……美しいと思います」
「海は?」
「海も美しいと思います。そして、とても広大だと」
「そうだ」
そう頷いてようやく三人に向き直るニニギ。
「空も海も大地も、等しく美しい。地界はかくも美しい。されど――」
そう言って初めて感情を露わにする。あの感情は……。
「見よ! 地界に跋扈する人間共を。聞け! 唯我独尊と嘯く奴らの声を。……そのなんと醜いことか。なんと嘆かわしいことか!!」
声を荒げるニニギ。その気勢は常人が気圧されるに十分足るであろう。
あの感情は、憤怒≠セ。否、それを通り越して憎悪≠ナすらある。
「……反駁の言葉もございません。心中お察し致します、ニニギ様」
その凄まじいまでの剣幕を前にして、ナヅナの頬に冷や汗が流れる。
「だが、その天下太平もモウ終わりにする時ガ来タ。そうだネ?」
ホオリが口を開く、愉快げに。
「その通りだ。……二十年間待ち続けた。九つの世界=Aいよいよ打って出るぞ」
「もう一つの目的≠燒Yれちゃいねぇよな?」
ホスセリもまた嬉しそうだ。
「当然だ。……ホオリ。お前は西園寺阿須波を抑えておけ。アレはなかなかに厄介だ。明朝七時には単独でいるとの報告が奴から入っている」
「抑えルだけでイイのかナ?」
「構わん。無茶をして今手駒を減らされるのも困るのでな」
「ってことは俺様達が……」
ますます嬉しそうに口を歪めるホスセリ。その様子はさながら獲物を前にした餓狼だった。
「そうだ。……作戦開始は明朝七時。目標地点は――」
遠雷が響く。ニニギ、サクヤ、ナヅナ、ホスセリ、ホオリ。五人の姿がシルエットとなって室内に浮かび上がった。
「清命学園。ヤクモを……始末しろ」
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